04年は北海道移転初年。
それだけの理由で同年6/13からの騒動からほぼ無縁でいられるという好運に恵まれた。スポーツ新聞記事(記憶によるといつものさんスぽ)が浜☆と燕が合併と書き、燕公式が「当球団は合併しません」と発表。モニタ前で血の気が引いたのを良く覚えている。
終わりも着地点も全く見えないとんでもない年だった。渦から最も離れた位置ではいられたが「近いうちに成功しないと次の火種になりかねない」位置でしかなかった。
9/18・19と初のストがあった。その代替試合は行われなかったが、もしも行われていたらプレーオフにすべり込んだのは鴎だったかもしれない(ゲーム差はわずか0.5)薄皮一枚で生き残った好運。
頑張るのは選手だ。その裏にフロント・裏方さん等の見えない
稲d力も働くが結果を出すのは選手だ。ファンは遠くから予告先発でドキドキさせられスタメンでドキドキさせられ継投でドキドキさせられ貧打にドキドキさせられ劇場に息を止められる存在でしかない。
04年のあの時にドキドキさせてもらった選手達が今年もまたユニフォームを脱ぐことになりました。
伊藤選手 小田選手引退のお知らせ(リンク先熊公式)
当初の構想では建山がストッパー。コレが通例の年に数回の炎上デー+怪我やらかして伊藤に役が回ってきたのね。で、伊藤も怪我をした。その代役も今年で引退。
ハマの小魔神 横山が引退「幸せな部分も…」(リンク先スポニチ)
なんとか掴んだプレーオフで(当時)はとの国さいたま5区和田議員(現帳尻の都名古屋5区)にサヨナラHR打たれて04年はおしまい。
けどサヨナラ打たれるには9回表に同点か追い越してないとダメなんだよね。9回表は2点ビハインドからでした。当時のぬこストッパー豊きょんから同点HRを放った人も今年でユニフォームを脱がないといけなくなってしまうかもしれません。
戦力外通告のお知らせ(リンク先檻公式だけど直リンはしてません)
終わりはいつかは来るもので、今年かもっと先か時間が違うだけ。しかし仕方ないと割り切ろうとも寂しいものは寂しいんだ。まだまだ気持ちの整理は付かないよ。